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Mに堕ちる シリーズ 2

ストイックな夜は甘く

~Mに堕ちる 2~

著者/ 伊郷ルウ

イラスト/ 桜井りょう

タグ: シリアス 社会人 義兄弟 SM オレ様 スーツ メガネ 強気 白衣 エッチ痛め 凌辱 研究室 緊縛

「こんな身体にしたのは、あんただ」。痛みに目覚め、苦痛の中での快楽を欲する幸司。一夜限りのはずだった相手に仕事先で再会し、さらに二人の関係は複雑なものに。まさかの義理の兄弟との背徳的な関係を精算しようとする雅彦だったがやがて愉悦に堕ちて…。


「なんとかしてくれよ」
 幸司は待てないとばかりに、雅彦のネクタイを勢いよく引き抜いた。
 今すぐにとは思ってもみなかっただけに、雅彦もさすがに驚きが隠せない。
 慌ててアタッシェケースを床に下ろし、幸司の手からネクタイを取り上げる。
「ここがどこか、わかっているのですか?」
 いくら差し迫った状況にあるからといって、あまりにもむちゃくちゃすぎる。
 ドア一枚を隔てた向こうは、学生だけでなく、講師や教授などがごく普通に使う廊下なのだ。
 昼日中、いつ誰の目に留まるかもしれない大学構内の一部屋で、淫らな行為などできるわけがなかった。
「鍵はかけた、誰も入れない」
 再びネクタイに伸びてきた幸司の手を払い落とし、雅彦は厳しい口調で窘める。
「不謹慎すぎますよ」
「誰にも気づかれなきゃ、それでいいだろ」
 吐き捨てた幸司にズイッと迫られ、雅彦は困惑に唇を噛んだ。
 ここがなにに使う部屋か知らないが、鍵をかけたところで、絶対に誰も中に入れないとは言い切れない。
「そういう問題ではないでしょう?」
 どうにか諦めさせたい雅彦の思いとは裏腹に、幸司は一歩も引く気がないようだ。
「このままじゃ、実験もなにも手につかないんだよ」
 両腕を掴んで身体を揺さぶる幸司を、雅彦は冷ややかな目で見下ろす。
 すっかり暗さに目が慣れた今では、幸司の表情もはっきりと見ることができる。
 眼鏡をかけ、髪を結び、白衣を着た姿には、新宿二丁目で初めて目にしたときの、やんちゃそうな雰囲気はまるでない。
 どこか気位が高く神経質そうに見える。それだけに、必死にすがるさまはあまりにも痛々しく、サディスティックな部分をくすぐる。
 だが、ここで受け入れるわけにはいかない。いくら心が揺れたとしても、手を出すようなことがあってはならないのだ。
 手にしたネクタイをギュッと握りしめ、雅彦は冷淡な笑みを浮かべ突き放す。
「修行が足らないようですね」
 言うだけ言って顔を背けた雅彦は、腕を掴む幸司の手を軽く振り解く。しかし、その手が再び伸びたかと思うと、雅彦の首に絡みついた。
「ごちゃごちゃ言ってないで、どうにかしてくれよ」
 驚きに眉根を寄せる間もなく、つま先だった幸司に唇を塞がれた。
 幸司は二度と離すまいといった勢いで、細い身体を押しつけてくるが、雅彦は抱き留めてやることもなく、くちづけにも応えない。
 それでもしばらくくちづけていたが、さすがに反応のない相手に諦めを感じたのか、幸司は唇を離すとカクンと項垂れてしまった。
 首に巻かれた両手が肩から胸へと、力なく滑り落ちたかと思うと、スーツの襟をキュッと握り締めた。
 視線を落とした雅彦の目に、幸司の手首に巻かれた革製のベルトが飛び込んでくる。
 それまで白衣の袖に隠れていて気づかなかったが、両の手首にしっかりとはめられていた。
 幅にして五センチほどで、黒いエナメル製のそれは、幸司がファッションで身につけているわけではない。
 きつい戒めでできたロープの跡を、他人の目に晒さないためには、リストバンドをはめて隠さざるを得ない。
 その高級な作りのベルトは、幸司に似合うものを雅彦自ら選び、そしてプレゼントしたものだ。
 白い肌に黒のエナメルはよく映え、さぞかし見る者を楽しませてくれるだろう。そう思って数ある中から選んだ。
 だが、ほんの遊び心で贈ったベルトは、本来なら必要なくなるはずだった。それなのに、自分の手によってつけられた痣が、自分が贈った黒い革のベルトの下に隠されている。
 先日の行為の名残が今ここにいる幸司の細い手首にはあるのだ。赤黒く変色した筋が、まだ白い肌に残っていることだろう。
 その痣を想像するだけで、どこからともなく残忍な一面が顔を出しそうになる。
 ダメだ。そんなことを考えてはいけない。ここで誘いに乗ってしまってはダメだ。そう自分に言い聞かせ、邪な思いを押し止める。
 冷静にならなくてはと、そう思うそばから、革ベルトの先にある震える指が目に入ってしまう。
 まるでこのまま放り出さないでくれと、細い指先がそう訴えているように見えた。
 初めて会ったあの晩、見知らぬ男に両手足を拘束され、痛みにもがき苦しみながら、それでも昇り詰めてしまった幸司は、耐え難いほどの屈辱を味わったはずだ。
 それはただならない怒りと憎しみとなり、本来ならば口が裂けても、自分から求めたくはないはずだ。
「それほど我慢できないのですか?」
 項垂れた幸司の顔を、片手で上向かせ、雅彦は瞳を覗き込む。
「俺の身体をこんなふうにしたのは、他の誰でもない。あんたなんだぞ」
 逸らすことなく真っ直ぐ向けられた瞳は、憎悪にも似た色を宿している。
 好きでもない男に抱いてくれとせがむのは、幸司にとってこの世から消えてなくなりたいほどの恥ずかしさだろう。
 幸司の言葉に触発されたとはいえ、ほんの出来心で未知の世界に引き込んでしまったのは、確かに自分であり、今となっては責任を感じている。
 だが、そんな責任感は、なんの役にも立たない。一度覚えた究極の快楽は、そう簡単に忘れられるものではないからだ。
 あの晩、なにもせずに帰していれば、幸司はこれほどまでに苦しむこともなく、自分自身もジレンマに捉われることもなかった。
「こうやってせがめば、また後悔するだけですよ。この前だって、自分のしたことを悔やんだのでしょう?」
 雅彦の言葉に、幸司はスッと顔を背けてしまった。なにも言わずとも、その顔つきで答えは理解できた。
 本能の赴くままに自ら身体を投げ出したところで、満足感を味わうのは貪欲な身体だけで、心は満たされるどことか、深い後悔の念で一杯になったことだろう。
 同じことの繰り返しになるとわかりきっていて、それでもなおかつ憎しみすら抱いた相手にすがってまで、幸司は求めざるを得ない状況にいるのだ。
「困りましたね」
 そう言うしかないほどに、雅彦は本当に困り果てていたが、幸司は見上げたまま言い返した。
「困ってるのは俺のほうなんだよ」
 今の幸司の瞳に宿っているのは、憎しみの色ではなく、一刻を争うような焦りだ。
 苦痛の中での快楽を欲する、自分の身体を抑え込めない弱さがそこにある。
 純粋に痛みだけを求める幸司のその必死な姿に、雅彦は引けないなにかを感じてしまった。
 この部屋でことに及ぶのは、あまりにリスクが大きすぎる。だが、それがスリルとなり得るのも事実で、獲物を前にその誘惑に勝つのは難しい。
 後悔は目に見えている。それでも本能に逆らえないのは幸司だけでなく、雅彦も同じなのだ。
「わかりました」 
 幸司を見つめる雅彦の顔に、残忍な笑みが浮かんだ。

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