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拳銃とバニラ

著者/ 佐伯まお

イラスト/ machi comaki

タグ: あまあま すれ違い 思い込み 極道 エプロン スーツ 健気 男前 筋肉 エッチふつう ヤクザ 住み込み 職人

「もうこれ以上、お前を危ない目に遭わせたくねえんだ」。極道一筋だった秀史は、尊敬する兄貴の組長襲名披露式の夜、いきなり除籍を告げられる。ヤクザをクビになり呆然とする秀史に、第二の人生として兄貴が渡したのは、なんと製菓専門学校のパンフレット!?


「あ、あの、兄貴、あの」
「動くんじゃねえ!」
 強引に唇を重ねられた。
 兄貴の唇は思ったより柔らかくて、俺と同じバニラの香りがした。ほんのり……甘い。
 なぜだ兄貴。
 ぶっきらぼうな愛嬌ナシのくせに、グジグジと恋情をもてあましているような大男に口づけなど、なぜ?
 捨て身の冗談か?
 冗談だとしたらずいぶんと残酷なことだ。俺はついさっき、兄貴とキスしたい自分に気づいて内心オロオロしていたのだから。
 兄貴はこの後どうするおつもりなのか――どう対応したものかわからないまま、俺は身体を硬直させていた。
 ただ押し当てられていただけの兄貴の唇。俺の下唇を包み込むようにして、そっと吸い付いてきた。
 冗談じゃすまない。
 こんなしっとりと丁寧なキスなんかされたら、もうどんなオチをつけられようと、俺は冗談にできない。
「ヒデ……どこにも行かないでくれ。頼む」
 兄貴に頼み事なんかされたの、初めてだ。
 外に出るついでにタバコ買ってきてくれ、とか言われたことはあるけど、こんなに真剣な表情で、こんなに至近距離で……頼まれたことなんかない。
 職務上の指示を受ける時は別として、俺はいつだって兄貴の要望を先回りして雑事を片づけていた。掃除やお茶出しなど。
 今度ばかりは先回りできなかった。
 だって――思いも寄らなかったんだ。兄貴が俺にキスしてくれるなんて。
「兄貴……どうして」
 俺の気持ちに気づいていて、キスを施すことによって絶縁を防いでいる?
 で、兄貴の気持ちはどうなんだ。除籍にした弟分をキスまでして宥めている、その理由は?
 極道やめたらなんの取り柄もない俺を、最後まで面倒見てやろうって義侠心?
「ずっと前から、好きだったんだ」
 絞り出すような声が、俺の耳を撃った。
 まさに静かな狙撃。心臓を射抜かれた時は、こんな衝撃を受けるのだろうと思える程だった。
 兄貴は俺の膝の上に乗り、真正面から見つめてくる。
「一生黙っておいて、この気持ちは墓の中まで持っていく予定だった。それがなんだ、お前は。絶縁状送ってよこしたり、ほっぺたにクリームつけて目ぇウルウルさせたり。誘ってんのか」
「いえ、あの」
「誘ってないっつったって、認めないからな。悪気がなかったって言われて、はいそうですかで引き下がってたら、ヤクザは務まらねえんだよ!」
 もう一度唇を押しつけられた。
 今度はさっきよりもっと激しく……食らいつくようなキス。互いの舌先が触れた。
 兄貴も俺のこと、好きでいてくれたなんて。
 無意識のうちに抱きしめていた。吸われるままに舌を兄貴のそれに任せ、痺れるような快感に浸る。
 ああ……兄貴。あなたとキスできるなんて。
 両腕の力が制御できず、渾身の力で引き絞ってしまっていたらしい。兄貴が低い呻き声と共に唇を離した。
「おいおい。イヤすぎてサバ折りか? 確かにいきなりキスしたのは悪かったが、減るもんじゃなし、ちょっとの間だけ気持ち悪さを我慢してくれたっていいだろ」
「気持ち悪くなんて、ないです。むしろ……あの、俺……いつからかわかんねえんですが、兄貴に……恋をしています」
「え、今のキスで?」
「もうちょっと……いえ、かなり前から」
 俺の言葉を聞き、兄貴はほうっと溜息をついた。そのまま俺の肩に顔をもたせかける。
「そうだったらいいなって、俺もずっと思ってた。でもお前にのぼせあがってるのを隠すのが精一杯で、まさかお前も俺を想ってくれているなんて、気づく余裕がなかった」
 クールでおちゃめな頭脳派ヤクザの兄貴が、『余裕がなかった』なんて言葉を吐くとは。それも俺がらみで。
「しかし兄貴ほどのお人でしたら、のぼせるお相手にゃ不自由がないと思うんですが。なんでまた俺を」
「お前にそのまま返すぞ! あっちの女こっちの女、気を持たすようなことばっかりしてつれなくサヨウナラらしいじゃねえか。俺だってお前に惚れたかぁない。組の将来を考えたら、普通に兄弟分でいた方がトクだし、こんなに気持ちが乱れることだってない」
 耳に、兄貴の早口と吐息が響く。襲名パーティーの時に気づいてしまったが、俺は耳たぶが……弱点らしい。
 ぐいっと胸を押されて、ソファに倒れ込んだ。俺をまたいで見下ろす兄貴の目は真剣そのもの。
「いつのまにか、こんな気持ちになってた。最初は思い詰めた目をした暗いガキだったお前が、目ぇキラキラさせて俺になついてくれるのが嬉しくて……ひたむきな努力とかよ、なんかそういう姿に惹かれた。かわいいなって」
「こんなごっつく成長しちまって、すみません」
 かつての俺だったら、まだかわいらしい少年だったと言えないこともない。でも今じゃ筋骨隆々・眼光ギラリの怖いお兄さんだ。
 兄貴が俺をかわいいなどと思ってくださるのなら、武闘派になんかならなければよかった。
 でもケンカしないと俺は兄貴のお役に立てそうもなかったし。いずれにせよ、後悔先に立たずだが。
 無意識に肩を縮こまらせて小さく見せようとしていた俺に、兄貴は微笑みかけてくれていた。
「お前のガタイもケンカ傷も、俺たちが一緒に過ごした証だ。少しずつでも俺に心を開いてくれて、確実にタフになっていくのが嬉しかった」
 兄貴の身体が覆い被さってくる。蛍光灯の明かりを遮るようにして、兄貴の顔が近づいてきて……触れるだけのキス。
「どんな姿でいようと、俺はヒデが好きだぜ……」

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